「眠らせて」
いつまで僕は起きているのだろう。
さっさと眠りにつきたいのに。
周りはがやがやと慌ただしい音を漏らす。
静寂な時間を求めるも、一向に来る気配はない。
いらいらが募る、この上なく殺意が芽生えそうだ。
「ディージー、起きて」
そんな僕の心を無視するかのように開く扉。
開く扉と共に、いつもの煩わしい声が僕を呼ぶ。
「ディージー、ほら外を見て。今日はいい天気だよ」
頼んでもいない、いや、そもそも暗くしててほしいのに勝手にカーテンを開けるんだ。
眩しくて、僕は布団を頭までかぶる。
_________________________僕は闇を求めているのに、光を差し出してくるのだから厄介だ。
「ラミア」
だから、僕はその行動を阻止すべく名を呼んだ。
声を出すのも億劫なのに、止める術を考えなくてはならないのだから面倒だ。
「ディージー」
がさっと頭から被っていた布団が剥ぎ取られる。
僕がすぐに布団を被り直せないように、ベッドの下へ落とす。
そのおかげで寒い上に本当に眩しい。
そういえばこの部屋に、光が差し込むのは何日ぶりだろうか。
「ディージー、デートしに行こう?」
「はあ?」
ベッドの横で僕の顔を覗き込んできたかと思ったら、いつものように突拍子もない言葉を吐く。
部屋の外に出ると慌ただしく騒がしい音がするから、僕は部屋の中に居たい。
僕の全てを知っているくせに、そういうのだから本当に厄介だ。
「ほら、ディージー」
有無を言わせない勢いはどこから来るのか。
僕を外に出したがる変人はそうそういない。
「ディージー様、ご起床されたのですね!!
すぐにお召し物を・・・あ、食事を用意いたします!!」
部屋の外に出ると、僕を待っていたと言わんばかりに侍女が忙しく動き出す。
慌しい音がさらに増す。
数日ぶりに出る部屋の外は、相変わらず煌びやかだ。
有名な画家が描いた肖像画や、花瓶とか
きらきら輝いているものばかりだ。
けど僕には何の価値もない、ただのモノだ。
こんな価値もない輝きを放つものをなぜこうも大切にしているのか、僕にはわからない。
「ディージー、怒っているの?」
「もう慣れたよ」
素っ気なく言ったはずなのに喜ぶ顔を見せるんだから、わけがわからない。
「何度見ても飽きないね、ディージーの肖像画は本当に似てるし…、ディリア様の顔も何度見ても綺麗だわ。」
「姉上が好きだね、ラミアは」
姉弟の肖像画で歩みを止められるのもいつもだ。
同じ判を押すかのように毎回同じことしか言わない。
本人が隣にいるというのに、絵に魅せられるっていうのに少し納得いかない。
「ええ。ディリア様は女の子みんなの憧れだもの」
姉上は美女だと有名らしい。
僕は一緒に育ったためにその感覚は分からないけれど、姉上を前にすると侍女が皆見惚れているのは知っている。
けれど姉上の腹黒い性格といえば…外見だけしか知らないのは僕にとっては羨ましい限りだ。
歩みを再開すると大きな扉が見えてくる、広間だ。
広間の象徴としては天井に大きなシャンデリアがある。
僕にはただのガラスの結晶にしか見えなくて、シャンデリアにぶら下がって天井から落してみたいと心の中で思ったこともある。
そして広間の中央には家族は4人しかいないのに、何十人もが座れて食事ができるテーブルと椅子がある。
テーブルの上には均等にアレンジメントされた花が飾られている。
大体薔薇が多いのは姉上の好みのせいだろう。
「ディージー様、食事の準備ができておりますが、すぐにお持ちしても構いませんか?」
「少し待ってくれ」
侍女の言葉に僕は待ったをかける。
侍女は僕の言葉に「では食事をなさりたいときはお申し付けください」と下がる。
それまで僕の服をどうするか選ぶつもりなのだろう。
久しぶりに部屋の外に出たせいで、僕はまた着せ替え人形のごとく侍女たちに動かれるのか。
「ディージー」
それも全部彼女のせいだ。
僕の睡眠の邪魔をして、部屋の外から連れ出したのだから。
___今日こそ僕の睡眠を邪魔しないように怒らなければ。
そんな僕の内心を知ってか知らずか、彼女は僕の腕を引っ張る。
「ディージー」
外に出ると庭がある。
まっすぐに伸びた白いアスファルトの道を挟んで緑が広がる。
いつも家臣たちが丁寧に整えているのであろう芝生や木々、そして花々。
それが家をより一層引き立てているのだろう。
その庭から少し外れた家の裏手。
そこに広がるのは、僕が来たくない場所でそれでも彼女が言うデートの最終地点。
「ここに来させて何がしたいの」
「特に別に何もないかな」
いつものデートと呼ばれるものの終わり方。
特別何もないのにデートと呼ばれるものをさせられる僕の身にもなってほしいものだ。
「ラミア」
少し怒ったかのように名を呼ぶと、ごめんという申し訳ない顔をするのだからきつくは言えない。
そこが僕の悪いところかもしれない。
「ねえディージー?」
「…何?」
僕に向かい合って、そして僕の両手を包むように握る。
「明日も行くね、明後日も明々後日も」
そして決まり文句のような別れの言葉。
本来ならいつもこれで“別れる”のだ。
____________甘えている、って言われたらその通りだ。
ないものをねだってるのはわかっている。
手を伸ばせばまだあるんだって、感じていたい。
頭の中で全部わかってる、全てを“捨てなければいけない”ということも
僕が僕で有り続けることはできない、そんなことも。
______そして僕が妨げ続けているということも。
「もういいよ、ラミア」
「え?」
だから終止符を打たなければ。
「もう眠ってラミア」
さわっと吹く風が冷たい。
この風が僕が“ここにいる”ことを感じさせる。
「でも、ディージーは外に出ないじゃない」
「それが報いだ」
そう、“報い”だ。
彼女を失ってしまった、過去のものにしてしまった報いだ。
『ラミア、逃げるんだっ!!僕の怪我はかすり傷だ。
ラミアがこんな戦場にいるべきじゃない!!』
『何言ってるのよ!!布を当てても血が溢れ出してくるものが、かすり傷なわけないでしょ!!
それに、私はディージーを置いてはいけないっ』
『父上や母上がいなくなった今、僕が守らなければならないのはラミアだけなんだ。
ラミアが無事でいてくれるなら僕は…』
『だからこそよ。ディージーを放っておいたら何するかわからないもの。
じゃあ薬草とってくるからここにいてね?』
『ラミアっ!!!そっちに行っちゃいけないっ!!』
僕 は 大 切 な も の を 何 も 守 る こ と は 出 来 な か っ た 。
「嫌よ。ディージーが外に出るまで起こしに行くわ」
「ラミア」
彼女は報いを受けようとする僕を許してはくれない。
“ここにいてはいけない存在”となっても、あの頃と変わらない毎日を僕に受けさせる。
暗闇を望む僕に、光を差し込みに来るのだから。
「ディージーが私のことを引きずっているなんて嫌よ。
彼女を作って良いから、お願い・・・早く外に出てよ」
彼女からぼろぼろと落ちる涙。
泣かせたいわけじゃない、守りたかったんだ全てから。
____何よりも、大切な人だったから。
「ラミア」
だからこそ、こんな僕を見ずに安らかに眠ってほしい。
君を守りきれなかった僕をどうか、許さないで欲しい。
_______どうか、僕に罪と罰を。
「ディージー、ありがとう」
「え?」
「ディージーといた時間は本当にかけがえのない時間だった。
例えばディージーと秘密の基地を作って、お互い大切なものを持ち寄ったり、写真を飾ったり。
今思えば、ディージーの家の空き部屋を私たちの子供部屋にしてしまったのね。
家の人たちに申し訳ないことをしてたわ。
でもそのおかげで、大切なものが増えたの。
ディージーの大切なものが私にとっても大切なものになったの。
ディージーが嬉しそうに語ってくれる思い出が、大好きだった。
秘密の基地がかけがえのない宝箱になった」
「僕にとってもそうだった。
基地にあるラミアが大切にしてる人形を見ると、いつもラミアが浮かんできて僕にとっても大切なものだった」
「人形なんて気持ち悪いって言ってたのに」
「言えるわけない。ラミアの大切なものは僕にとっても大切だ、なんて」
「うん、そうだね。だってディージーはいつも私に優しかった。
いつも私のことを一番に考えてくれているディージーが私は……」
言葉が途切れる。
お互い同じ気持ちだったはずなんだ。
それだけを頼りに僕たちは一緒にいた。
___だからこそ今“別れる”ときに、これを言うのは禁忌だ。
彼女もそれがわかって、言葉を止めたんだろう。
「ディージー、空を見て。そしてどうか歩き続けて。
あなたには時間が流れている。それを受け止める体も、時を動かす足もある。
あなたは“生”を持っているのだから」
「ラミア、君は僕に生を与えるんだね」
「そうね、それが今のあなたにとって罰であり、それが許しになるわ」
「僕の、罰・・・・・・」
「ディージー、もうお父様もお母様もいないのよ。
ディリア様は他国に嫁いで、この家を守るのはあなたよ。
この国の王となり、国を引っ張るのはディージー、あなたしかいないの。」
「けど、ラミア…僕は」
「大丈夫、ディージーは一人じゃないわ。
いつでも私は“ここ”にいる。
だから会いに来て、支えが必要になったら。
私がいるのだから、天下無敵でしょ?」
「ふ…っ、あははははははは」
「で、ディージ?」
「ははっ…ホント、ラミアは最強だね。天下無敵なんていうなんてっ…。
でも、本当にそうだね、君が見守ってくれるなら僕は頑張れる気がするよ。
君と思い出が詰まったこの国を守ることを」
「…もう、大丈夫そうね。
ディージー、私は少し眠るわ」
「ああ、どうか幸せな夢を見てラミア」
僕はその言葉を伝えて、彼女に背を向けて歩き出す。
流している涙など見られたくはない。
「ディージー様、なにかありましたか?
大きな声が聞こえたのですが…ってディージー様!?何かあったのですか!?」
庭から玄関に向かう僕を見つけた侍女がぎょっとした顔で僕を見る。
不審な声がした上に、僕が涙を流しているせいだろう。
「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」
けれど彼女のことなど、侍女たちには見えるわけもなく理由を素直に打ち明けたところで
多分信じてはくれないだろう、理解はしてくれるかも知れないが。
「食事の準備を頼む」
「あ、はいっ!!ディージー様」
僕はこうして生を歩み続けるんだ。
父上の軌跡の続きを僕が引き継がなければならない。
重圧は酷い、やはり闇に手を伸ばしたい。
「ディージー様、こちら今日届いておりました」
「ん?」
食事の準備をしている侍女が思い出したかのように懐から手紙らしきものを取り出す。
「ディリア様がディージー様のことさぞ心配しておられるご様子です。
一度こちらに帰ってくるとのことです」
封を破り中を見ると、侍女たちからいろいろ報告を受けた姉上が本当に心配しているようだ。
遠い異国で姉上に心労をかけてしまったのか。
「心配をかけてしまったな…。
姉上が帰ってきたら心配しないよう、僕は頑張らないといけないな」
「ならば今日はディリア様が帰ってきたときの衣装選びもせねばなりませんね!!
新調せねばならないかもしれませんし!!さ、ディージー様、早くお食事を!!」
にこやかに明るく言う侍女たちに、少しうんざりしながらも
それこそが僕がここにいても良い理由なのかもしれない。
「ラミア、ありがとう」
僕は君を追いかけるには、少し早いのかもしれない。
だからそこで見守っていてくれ、僕が歩いているところを。
Rain Blossom
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