「相変わらず、暑…」
飛行機から降り立った地は、相変わらずじめじめしていて暑い。
それでもこの国は嫌いじゃない。
荷物を背負い、懐かしの日本の地を踏む。
『リョーマがいるとこ、遠すぎだよっ!!』
____あれから一度も連絡してこなかった。
揺られる電車の中で俺はふと、携帯を見る。
一方的に電話してきたかと思えば、一方的に切られた電話のツーツーというあの音が、耳をいつも支配する。
あれから電話してくるのかと思えば、それっきりメールすらない。
あいつに会えるのが楽しみなのと同じくらい、不安が募る。
あぁ、やっぱり俺らしくない。
向こうの試合がひと段落したし、青学のテニスを久々にみたいなと思ったけど、そこにはアイツもいるわけで。
久々に見る校門。それをくぐってからの足の重さは、鉄のように重かった。
桃先輩の声、相変わらずうるさすぎ。海堂先輩、言い方怖いし。
ただ、あの頃の青学の雰囲気は全然変わっていなかった。
「あれ?リョーマくん…リョーマくんだよね!?」
フェンス越しに練習をぼーっと見てたら、カチローが寄ってくる。
…なんか格好がおかしい事になってるけど。
「え、越前じゃねぇーかっ!!!帰ってくるなら、帰るって連絡いれろっつったろーが!!!!」
全速力で来て、頭を鷲掴みしてくる桃先輩。
「い、痛いっすよ、桃先輩」
それが妙に心地が良いなんて言ったら、調子に乗りそうだから言わない。
桃先輩に引っ張られてコートの中に入る。
…何故かアイツの姿はない。
「ほら、久々に入って行けよ、練習。
お前ついてるよな、もう少ししたら息抜きで先輩たちも来るって言ってたからよ」
「ウィッス」
桃先輩が言っていた通り、すぐに部長たちは来た。
菊丸先輩の「おチビーっ!!」って呼ぶ声が少しうるさくて、乾先輩のペナルティがあの頃より不味くて
帰ってきたと思うのに、足りないのはアイツの煩く怒る声。
練習が終わってから、久々に桃先輩と菊丸先輩とバーガーショップへ行く。
桃先輩の食い意地が変わっていなかったので、思わず張り合ってしまった。
もちろん、菊丸先輩の奢りで。
「桃もおちびも相変わらずだなー。俺の財布からっぽだしー」
「ごちになりまーす、えーじ先輩」
この雰囲気は俺の大好きだったもの。
アメリカにもバーガーショップはあったけど、日本の方が断然良い。
「そういえば桃先輩、ってどうしたんすか?」
そういえば、なんて忘れていたわけじゃない。でも気にしてたなんて言ったら
この2人は何を言い出すかわからないから敢えて惚けたように言う。
「おちび、いつもちゃんの言う事は良く聞いてたもんな〜」
「おお、そうでしたねー。そうかそうか、越前にもついに春が…「意味わかんないっす先輩」
…切り出し方に悩んでいた自分が馬鹿だった。
どの道、こういう風ににやにやされながら図星をついてくるんだ。
「なら最近、学校にも来てないぜ」
「うんうん、なんか突然来なくなったんだよね〜。」
_____学校に来てない?
意外、なんてものを越して何かあったのだろうか?
あの元気な姿を思い出すと、何も思い当たらない。
ただあの泣き声だけが鮮明に出てくる。
「おい越前、こっちにはいつまでいるつもりだよ?」
「わかんないっす。一応1週間は見てるっす」
「いきなり帰るなよ、おちびー」
こんな感じだったと思う。
鮮明に覚えていない。
の事が頭から離れなくて。
かちゃっとケータイを取り出して、アドレス帳を開く。
“ ”
通話ボタンを押し、ぷるぷると耳元で音が鳴る。
出てくれるだろうか、声を聞くのもあれ以来。
がちゃり、と取る声に「もしもし」と口走るが
「この番号は現在使われておりません、番号をご確認の上もう一度かけなおしてください」
そのアナウンスが何回も何回も繰り返し耳で流れるだけだった。
ケータイをポケットにしまう。
短くため息をつき、目の前のゆるい坂道を上る。
アイツの声が聞きたくて帰ってきた、なんてホントどうかしてる。
しかも日本に立った瞬間、会いたいという気持ちにすら駈られている。
頭の中ではそれらを全て否定するのに、心まで響いてくれないらしい。
「…リョーマ?」
ふわりと聞こえる声に、一瞬世界が止まったと思った。
「…」
会いたいと思っていた相手が目の前にいる。
今の俺は気の抜けた顔をしているに違いない。
「帰ってきてたんだね」
「まあ、うん」
ふわっと笑うアイツの影に少し悲しみが見えるのは気のせいだろう。
ただ、もう少し騒ぐのかと思っていたから拍子抜け。
「そっか…それじゃ、私用事あるから」
そのまま俺の横を通り過ぎる。
また一瞬、止まった。
「あ、ちょ…」
待って、という言葉がのどに詰まる。
手を伸ばそうとするけど、手は前に出ない。
はそのまま俺に、背を向けて行ってしまった。
「」
呼ぶ声はアイツには届かない。
自分から離れておいて、離れて欲しくないと今更思うなんて…
俺はまだ、子供だった。
染みこんだ匂い 消えない罪
嗚呼俺は、ただただ
『リョーマっ!!!』
そう笑顔で俺を呼ぶアイツをもう一度見たかったんだ。