ぶーんと、車の音が俺の耳に入る。

「ほあらー」


カルピンの声が唯一、このアメリカで癒してくれる。


「リョーマ、今日はどうするんだい?」

「打てるなら別にどこでも、」



カルピンと逆に、テニスバックをおいている。


“SEIGAKU”と書かれているジャージを身に纏う。


青学を誇りに思っているだけでなく、あいつを忘れないため。




「ほら、ついたよ。」



と運転手がガチャっとドアを開けるまで、俺は考え事をしていたようだった。



テニスバックを背負い、少し手を広げれば「ほあらー」とカルピンがぼすっと飛び込んでくる。



「ありがとう」



ひと言そう告げ、壁打ちができるところへ向かった。



カルピンは木陰に伏せて、眠りに入った。





「っ、はっ」


パーンパーンとスッキリする音が俺の耳を支配する。


『また明日、リョーマ』



別に、何も思ってないし


いつも元気でうるさくて迷惑だったし

少し静かな環境に来ただけじゃん。



『がんばれっ!!リョーマっ』

『らしくないっ!!リョーマのテニスはそんなんじゃないでしょうがっ!!』


『負けるのは、ダメなことじゃないよ?練習すれば良いんだよ。

次は負けないようにね』


『私、マネージャー失格だなぁっ』





それでも忘れれないのはきっと



慣れすぎたからだ。







トントントン...


いつの間にか、俺の手は止まっていて、ボールは少し離れたところへ転がっていった。







ばかじゃないの?俺


ぼそっとでもあんなやつの名前、出すなんて。



今頃どうしているだろうか?

俺に対して怒っているだろうか?それとも居なくて清々しているだろうか?





泣いては...いないよな?



『明日、学校でねっ』



全国大会が終わったその日の帰り、アメリカに行く、と告げずに来た俺。



何も知らないは、明日は会えないなんて微塵も思わず、いつものような笑顔で俺に別れを告げた。




『リョーマ、ばかじゃない?』


そんなこと言われたのはいつのことだったか。


『ばかってアンタに言われたくない』


あぁ、確か全米オープンの話題が出たときだ。


『行けば良いじゃない、全国なんてもう心に無いんでしょ?』


そう言われて、そんなことない、とは言いきれなかった自分が居た。

言い切ってやればよかったのに、どうしても嘘をつくことはできなかった。


『ほら、だからばかなんじゃん。』


そのときのの顔を忘れることは、多分一生できない。


本当は桃先輩みたいに言いたいみたいだったけど、それを堪えて俺に「行けば良いじゃん」と告げたアイツ。


『お前をおいていけるわけ無いじゃん』


そういえば、最後に俺はを落ち着かせるためにそう告げた。

ほっとけば、何するかわかんないんだし、って言葉も添えて。


そのとき、『本当に?』と質問しながらも安堵していたアイツ。




それをまんまと俺は裏切ったわけだ。




「...マ、おいリョーマ」


「ほあらー」


ハッとすれば、目の前にはケヴィン、足元でカルピンが鳴いていた。



「何ボーっとしてんだ?」

「いや、ちょっと考え事」


と言ったあと、転がっていたボールを取りに行く。


「ふーん、彼女とか?」


「何言ってんの?ばかじゃない?」


「そーか、焦るな焦るな」


肩を叩くケヴィン。

答えるべきじゃなかった。


でも、別にいやじゃなかったのも確か。




そのときブルブルと携帯が震えた。


取り出してディスプレイを見たら“ ”の文字。


「彼女?」


とニヤニヤして言い寄ってくるケヴィンを無視して、少し離れたところで通話ボタンを押す。


「もしもし?」

『あ、えと、』

「久しぶりの言葉がソレ?」


なんか拍子抜けした。


『ごめん』


「別に良いけど」


で、なに?と聞けば、言い詰まる


『元気?』


少し意外。もっと何か勢い良く言ってくるだろうと身構えていたのに。


「そっちは?」

『みんな元気だよ、うん』


ばつ悪そうに、何かから避けているように話す


「そう」

『うん、そう』


沈黙の時間が妙に痛い。

いつも一緒に居た時は、もっとうるさいやつだったのに。





『どうして何も言ってくれなかったの』




ずっとそれが言いたかったんだ、と俺は理解する。


「言う必要ないじゃん」


『ばかなこと言わないでっ!!』


いつものように俺は答えると、音が割れるくらい大きい声で怒る

『すごい心配したのに、こっちはすごくすごくすごくすごくっ』


いつものだ、と思ったのと同時に痛さがくる。



『辛かったっ』


電話するのも、していいのかわからなかった、と

電話越しでもわかるくらい涙ぐんでいた。




『あの時ちゃんと、いってらっしゃいって言いたかったっ』



何も言わずにずっとの言葉を聞くと、ズキ、ズキと何故か痛みが重なった。


『私が一番、リョーマのこと分かってたつもりだったのに』


グスっと少し落ち着いてきた時にボソっと零す。


「別に帰らないわけじゃないし」

『でも1ヶ月とか短期じゃないでしょう?』

「電話もしてこれば良いじゃん」

『テニスの邪魔はしたくないし』


だんだん、声が小さくなる


「あんたが深夜に電話して寝不足になって、俺がアメリカに行ってからずっとストレスを持って

倒れられることの方が心配なんだけど」


俺、全部日本において、何も心残りないって思ってたけど



『リョーマ、いるとこ遠すぎだよっ』



泣き声聞くと、見たくない顔思い出すし


『わかってる、わかってる。これがリョーマの重荷になるってこと。

こんなばかみたいに大声で、ばかだって迷惑だってわかってるの、わかってるんだけど』


らしくない。日本にいたときはそんなこと言わなかったのに。

「迷惑」、とか、自分のこと「ばか」って言ったりしなかった。



それからまた沈黙、「だけど」の続きは何?



『だけど、心配だし、それにやっぱり寂しいよ』


もう、切るね。と一方的に電話してきたかと思うと、一方的に電話を切った


耳に聞えるのは、切れた後のツー、ツーという音だけ。


何故だかそれが俺の心の音に聞えた。



残した物なんて無いはずだった

切り捨ててきたはずだったのに

こうして何かを失った感じがするのは


この気持ちも感情も全て知らなかったから________