00.小さき頃の約束
小さい頃の、とても簡単な約束。
「様」
「あ、冬獅郎」
当主の娘であった、。
家臣であった冬獅郎。
「当主・・・いえ、お父上様がお呼びですよ?」
「冬獅郎」
「はい?」
冬獅郎の言葉に私はむっとしている。
「」
「い、今は…」
「敬語は嫌」
「し、しかしですね」
は、いつも俺に砕けた話し方をしろと命じる。
例えの側近であり、一番近しい存在であっても、主君の娘であることは違いない。
敬わなければいけない存在である。
「冬獅郎によそよそしくされるのすっごく嫌」
冬獅郎はいつも私を敬う呼び方をする。
歳が近く、冬獅郎は私にとって信頼するに値する人物である。
だから、距離をとられている様な言い方をしてほしくない。
「様」
「!!」
「しかしですね…」
「って呼ばないのであれば、たとえ父上が呼んでても行きません」
はこうなると、意地になって動こうとしない。
こんなところを父上や他の家臣たちに見られでもしたら、この場に来れないかも知れないと言うのに…
「、お父上様がお呼びです。行って下さい」
ふぅ、とため息が流れたかと思うと、冬獅郎の少し砕けた命が降りる。
敬語であったのが少し不快ではあったが、“”と呼んでくれたので素直に命を受け入れることにした。
すっと立ち上がって自室を後にする。
それに従い俺も、部屋を出る。
父上の話が終わり、私は冬獅郎を探した。
冬獅郎は人ごみを好まないことを知っている。
いつも静かで、暖かい裏庭にいることもまた知っていたことである。
冬獅郎は、いつもの裏庭でちゅんちゅんと鳴く小鳥たちに、餌をあげている。
小鳥たちは私に気づいたのか、ばさばさと音を立てて空へ羽ばたく。
「とーしろっ」
その小鳥が羽ばたく音が少し収まったあと、私は冬獅郎を呼んだ。
小鳥に囲まれ、少し和んでいた冬獅郎。
その光景は素晴らしく絵になるもので、きらきらと光る銀髪がきれいであった。
「、様」
「あ、今迷った」
くすくすと笑う。
小鳥が飛んでいったのを見計らったのだろうか?
小鳥が飛んでいくと、は俺の名を呼んだ。
その返答に、と呼べば良いのか、やはり様と呼ぶべきなのか迷った。
「、と呼べば良いのに」
本当に堅い人、とに付け加えられる。
「いや、公私混合は・・・」
「公私混合もないでしょ?2人のときでさえ、呼んでくれないんだもの」
少し寂しい、とは付け加えた。
ばさばさと少し小さい音が空から響く。
さっきまで餌を与えていた一羽の小鳥がの傍に降りる。
その小鳥には少し微笑み、指を上にあげると小鳥はの指に止まる。
逆の手の指で、小鳥の頭を撫でると小鳥は気持ちよさそうに撫でられている。
には、自然に好かれる力でもあるのだろうか?
小鳥の姿を見ると、そう思ってしまうのだ。
ただそれがとても羨ましいのと同時に、自然に好かれているが美しいと感じるのだ。
「ねぇ、冬獅郎」
私は指に乗っていた小鳥に少し下から上に指を振ると、小鳥はまた空へと羽ばたいた。
私は小鳥を見守るのと同時に、冬獅郎に話かけた。
「ずっと、一緒にいてくれる?」
空へ向けていた顔を、冬獅郎へと移す。
発した言葉は、軽いものではなくずっと、ずっと前から冬獅郎に聴きたかった言葉。
「家臣でなくても良い、側近じゃなくても良いの。
ただ…一緒にいてくれるなら、それで良いの」
は少し恥ずかしそうに、また悲しそうに言う。
が発する言葉が終わるまで、俺は真剣に聞いていた。
「けれど、やはり私の父上はみなの主君。
主君の娘である私を重荷に感じるのなら…
主君の娘であるから命を聞いてくれたり
一緒にいてくれているのなら…
そんな約束、重苦しいだけよねっ」
少し作り笑いをして、俺に言う。
何を言っているんだと、大声を出して怒ってやりたい。
今まで一緒にいて、何も分かってくれていないのか、は。
「俺は離れない」
「え?」
「、お前から離れたりはしない。
お前だから言葉を崩す命を聞いたりするんだ。
お前じゃなきゃ、と呼ばないし冬獅郎とは呼ばせない」
私は気落ちしていた気持ちが、少し高揚するのがわかった。
冬獅郎には今までいろいろ大変な命を下したりしていたが
冬獅郎は反論はするものの、受け入れてくれていた。
「本当に…?」
「本当だ」
冬獅郎のしっかりとした言葉に、私は笑みを零さずにはいられなかった。
ありがとう、の言葉を添えて。
「冬獅郎、探したぞ」
と縁側から声がする。
「俊三!」
日番谷俊三。
冬獅郎の父君であり
我が父上の側近である。
腕は家の中でも優秀なものであり
俊三に適うものは敵味方とも少ないであろう。
「様もおいででしたか。
あ、冬獅郎が失礼なことをしませんでしたか?」
俊三は冬獅郎に近づき、少し不安な目の色を見せた。
「冬獅郎はいつも私のために良く動いてくれています。
逆に私が冬獅郎に迷惑ばかりかけています。
…俊三は冬獅郎に用が?」
「えぇ。もし宜しければ冬獅郎と少し話がしたいので
連れて行っても宜しいですか?」
父上はいつもとどこか違った。
話すことはいつも、の前でもできたし
それに今ではなくても良い話ばかりだった、というよりあったら話す以外
話したことがない。
「構わないわ」
私は許した。
冬獅郎と何かの約束をしていた訳でもないし
俊三のことだから、冬獅郎に戦のことなどの話があるのだろう。
その話に私は入れない。
「ありがとうございます」
父上は頭を下げる。
行くぞ、の父上からの言葉が掛かれば
俺は父上の背中を追うように追いかけた。
「冬獅郎」
が俺を呼ぶ。
父上は先に行っていた。
速く追いかけなければ、と思うがの言葉を無視するわけにはいかない。
そう思い、何です?と答えれば
「さっきの約束だからね。忘れないでね」
そのようなことを笑顔で俺に言うものだから
答えに少し時間が掛かった。
念を押さぬとも、俺は貴女との大事な約束を忘れることなどありはしないのに。
そう思うと俺は少し口が綻んだ。
「様もですよ」
とちょっと勝ち誇ったように言うと、は少し驚いた顔つきをし
また再び笑顔に戻った。
…父上の話が終わったら、真っ先にのところへ行こう。
そうしたら、笑顔で待っていてくれているがいるから。